2019年06月30日

オリンピック関連登録商標の異議申立と違法ライセンス疑惑の狭間で(4):商標法改正では違法ライセンス問題は解消しない

 IOCファミリーの登録商標ライセンスが違法であることを指摘した
 私の論文が弁理士会誌『パテント』2019年3月号に掲載される前
 (論文を投稿した2018年11月下旬)から、
 この論文が『パテント』に掲載されそうなことが
 漏れ伝わったのだろうと思うのですが、
 2018年12月の仕事納めの日に、
 突如、第4回商標制度小委員会が開催され、
https://www.jpo.go.jp/resources/shingikai/sangyo-kouzou/shousai/shohyo_shoi/t_mark_paper04new.html
 IOCファミリーによる違法ライセンスの問題を全く議論することなく、
 商標法31条1項但書を削除する改正案が了承されました。

 その後、私の論文の『パテント』掲載に呼応して
 国会質疑、東京新聞の報道、バッハIOCの会長への手紙の送付
http://patent-japan-article.sblo.jp/archives/20190420-1.html
http://patent-japan-article.sblo.jp/archives/20190430-1.html
を挟んで、わずか5ヵ月で、
 商標法31条1項但書を削除する改正商標法が施行されました。
https://www.jpo.go.jp/system/laws/rule/hokaisei/tokkyo/tokkyohoutou_kaiei_r010517.html

 以下に、経過を整理しておきました。
図1.jpg
 IOCファミリーの登録商標のライセンス活動が違法であることを、
 私は、旧商標法31条1項但書を根拠に指摘したのですが、
 その根拠条文が削除されたのですから、
 IOCファミリーはこれで身綺麗になって、
 大手を振って心行くまで自由にライセンス活動に専念できるように
 なったと一見思えるのですが、なかなかそういう訳にはいかないよ、
 というのが今回のお話です。

《改正法の効果は過去に遡及するのか》
 改正商標法は、2019年5月27日に施行されたので、
 施行日以降に商標法4条2項が適用されて登録された商標権に対しては、
 改正商標法に基づき、自由にライセンス(通常使用権を許諾)できます。

 それでは、施行日以前に登録された商標権(以下「旧法下商標権」)
 について、以下の事項をどのように考えたらよいでしょうか。
 @旧法下商標権に基づく施行日前にしたライセンス契約は違法か?
 A旧法下商標権に基づく施行日後にしたライセンス契約は合法か?

 これらの事項を考えるには、一般に、
 改正法の効果は、改正法施行日前の過去に遡及するのか?
 という問題を考える必要があります。

■改正刑事法の場合■

 改正刑事法の効果は、絶対に過去に遡及しません。

 憲法39条で、刑罰法規の不遡及が規定されているからです。
図2.jpg
 改正刑事法の効果が過去に遡及しないことの意義については、
 読者各位において勉強して下さい。

■改正民事法の場合■
 民事法については憲法に規定がなく、民法にも一般規定がないため、
 解釈に委ねられますが、この点について、
 小樽商科大学の齋藤健一郎先生が、
 論文『遡及立法における経過規定の解釈問題 ― 裁判例の総合的分析』(商学討究, 68, (2・3) 217 - 269, 2017年12月)
 に、過去の裁判例に基づき、きっちりまとめておられます。

 斎藤論文によれば、改正民事法については、裁判例の蓄積に基づき、
 改正手続法は原則遡及し、
 改正実体法は原則遡及しない、
 ということになります。

 改正刑事法が憲法によって絶対に遡及しないのに対して、
 改正民事法の遡及性は、あくまで「原則」であって、
 「例外」を認めて、実態に即した運用がなされることになります。

 そして、例外として遡及・不遡及する場合は、
 経過規定を置くことになります。
 
 改正手続法の一部又は全部を、過去に遡及させない場合は、
  例えば「・・・には適用しない」なる経過規定が置かれ、
 改正実体法の一部又は全部を、過去に遡及させる場合は、
  例えば「・・・はなお従前の例による」なる経過規定が置かれる
  ことになります。

 逆に言えば、経過規定が置かれていない場合は、
 上記原則に従って、改正民事法の遡及の有無を判断することになります。

■改正商標法は過去に遡及しない■
 知的財産法は、手続法と実体法が混在していますが、
 今般の商標法の改正は、
 商標権の効力としての通常使用権の許諾の可否に係る条文
 についての改正ですから、実体法の改正となるので、
 経過規定が置かれなければ、改正商法法は原則施行日前に遡及しない
 ことになります。

 そこで、今般の改正商法に関する経過規定の有無をみると、
 以下のように、国際商標出願に関する手続部分について、
 「施行日前にした日本国を指定する領域指定については、
  なお従前の例による。」
https://www.jpo.go.jp/system/laws/rule/hokaisei/tokkyo/document/tokkyohoutou_kaiei_r010517/04.pdf
 という経過規定を置いて、例外的に遡及するとしています。

 従って、改正商標法(旧商標法31条1項但書の削除)の実体部分は、
 施行日前に遡及して適用されないことになります。

 まあ、考えてみれば、今回の場合、旧商標法の下では、
 商標権侵害罪を誘発する悪意の違法行為であったのが、
 法改正をした途端、
 悪意の違法行為も商標権侵害罪も無罪放免になる、
 などと調子のよいことになれば、
 市民感覚からみて明らかにおかしいことですから、
 改正商標法は過去に遡及せず、
 過去の違法行為は施行日後も違法である、
 とするほうが市民感覚にも適合するということになります。

 従って、上記した、
 @旧法下商標権に基づく施行日前にしたライセンス契約は違法か?
 については「違法だ」と言う回答になります。

■旧法下商標権に基づく施行日後にした
 ライセンス契約は合法か■
 それでは、上記した
 A旧法下商標権に基づく施行日後にしたライセンス契約は合法か?
 はどうでしょうか。

 これは、旧法下商標権に対するライセンス禁止効が、
 改正商法法の施行日以降は解消されるのか、という問題です。
 
 齋藤論文では、
 改正実体法が経過規定を置いて遡及適用を認めた有名な例して、
 大正10年5月15日に施行された(改正法でなく新法ですが)借家法が、
 以下の経過規定を置いた例を挙げています。
 「前条ニ規定スルモノヲ除クノ外本法施行ノ際現ニ存スル
  地上権又ハ賃借権ニシテ建物ノ所有ヲ目的トスルモノニ付
  亦本法ヲ適用ス」

 即ち、新法の施行前から存在する継続的権利に対して
 新法をその施行後に適用するために経過規定を置いています。

 言い換えると、この経過規定がなければ、
 新法の施行前から存在する継続的権利に対して
 新法をその施行後に適用することができないということになります。

 ******

 これを今回の場合に当て嵌めると、
 改正商標法には、手続に関する事項以外に経過規定がないので、
 改正商標法の施行前から継続して存在する商標権に対して、
 改正商標法をその施行日後に適用することができない、
 ということになります。
 ちなみに、改正商標法の経過規定は以下の通りです。
図3.jpg
 従って、上記した、
 A旧法下商標権に基づく施行日後にしたライセンス契約は合法か?
 については「合法ではない」=「違法だ」と言う回答になります。

■特許庁はどのように考えるか■

 特許庁は、おそらく斎藤論文の存在はご存じなく、
 改正法の効果の遡及については独自に判断していると思われますが、
 原則、遡及しないという結論は同じです。

 特許庁は、職務発明制度改正前の対価請求権について
 「特許権及びその派生的権利は、財産権として憲法29条の保障の下にあり、
  財産権の制度的保障の内容には・・・遡及禁止が含まれると解される。
  ・・・特許制度は産業の振興を目的とする人為的制度であり、
  その目的を達成するために具体的な制度内容の変更にも
  政策的な柔軟性があると最大限理解するとしても、
  現行の判例が特許制度の政策目的に明確に反しているとまでは言えず、
  既に発生した対価請求権を制限する理由として十分なものとなりうるか
  は疑問がある
」との見解を提示しています
 (平成15年6月3日の第9回特許制度小委員会配布資料4
  「特許法第35条を仮に改正する場合の遡及効について」)

 今回の場合に当て嵌めれば、特許庁は、旧法下商標権に対して、
 改正商標法を遡及適用しなければならないほど、
 旧商標法31条1項但書が、商標制度の政策目的に明確に反している
 とまでは言えないので、改正商標法が遡及適用されることはない、
 と判断しないと、上記見解と整合がとれないことになります。

 なお、商標法4条2項が適用された登録商標のライセンスを禁じた
 旧商標法31条1項但書は、
 過酷な市場競争など前提にできない非営利公益事業の著名商標を、
 その非営利公益事業者が出願する場合に限り登録を認めて、
 非営利公益事業の信用を厚く保護しようとというのが政策目的で、
 それはそれで意味のある政策目的であるといえます。

 旧商標法31条1項但書が対象とする非営利公益事業は、
 大学・NPO法人のような弱小事業であり、
 オリンピック競技大会のような大規模な世界的営利事業
 としか思えない事業など想定していないので、
 旧商標法31条1項但書が
 IOCファミリーにとっては自由を阻害するものであっても、
 そのこと自体が政策目的に反するとは到底言えないことになります。

■結論■

 以上から、IOCファミリーの主要な登録商標が、
 改正商標法の施行前に登録されてしまっていることに鑑みると、
 IOCファミリーがやらかしてる
 オリンピック関連登録商標のライセンス活動の違法性は、
 商標法改正では解消しないということになります。
posted by Dausuke SHIBA at 14:49| Comment(0) | TrackBack(0) | 五輪
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