2018年08月17日

『五輪』が危ない(8):特許庁による商標法第4条1項6号の拡大解釈は何かの間違いか(T)

 2018年7月5日付の北海道新聞で、
 IOCが『五輪』を商標登録出願しているとが報道され、
 私のコメントも最後の3行にの載りました。
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180705-00010000-doshin-spo
https://www.hokkaido-np.co.jp/article/205886

 この件について、
 何故(JOC又は組織委員会でなく)IOCが出願したのかということ
 を検討すると、とても興味深いことが明らかになってきました。

 話を始める前に、
 この件に関係する商標法第4条1項6号と4条2項の関係について
 整理しておきます。

《商標法第4条1項6号と4条2項の関係》

 各条文の見通しをよくするために、以下の言い換えをします。
 商標法第4条1項柱書と6号及び商標法第4条2項は以下の通りです。

商標法第4条1項6号 
===============================
第四条 次に掲げる商標については、前条の規定にかかわらず、
    商標登録を受けることができない。
六 国若しくは地方公共団体若しくはこれらの機関、
  公益に関する団体であつて営利を目的としないもの又は
  公益に関する事業であつて営利を目的としないもの
  を表示する標章であつて著名なものと同一又は類似の商標
===============================
商標法第4条2項
===============================
2 国若しくは地方公共団体若しくはこれらの機関、
  公益に関する団体であつて営利を目的としないもの又は
  公益に関する事業であつて営利を目的としないものを行つている者
  が前項第六号の商標について商標登録出願をするときは、
  同号の規定は、適用しない。
===============================
 ここで、
「国若しくは地方公共団体若しくはこれらの機関」を「国・地方公共団体等」
「公益に関する団体であつて営利を目的としないもの」を「非営利公益団体」
「公益に関する事業であつて営利を目的としないもの」を「非営利公益事業」
「同一又は類似」を「同一・類似」
「を行っている者」を「者」と言い換えて、
「著名ななものと同一又は類似の商標」をそれぞれに書き下すと、、
 それぞれ、以下のように書くことができます。

商標法第4条1項6号
===============================
第四条 次に掲げる商標については、前条の規定にかかわらず、
    商標登録を受けることができない。
六 国・地方公共団体等を表示する著名な標章と同一・類似の商標、
  非営利公益団体を表示する著名な標章と同一・類似の商標、又は
  非営利公益事業を表示する著名な標章と同一・類似の商標
===============================
商標法第4条2項
===============================
2 国・地方公共団体等、非営利公益団体又は非営利公益事業者
  が前項第六号の商標について商標登録出願をするときは、
  同号の規定は、適用しない。
===============================

 商標法第4条1項6号と4条2項とは以下の関係にあることがわかります。

 商標法第4条1項では、原則として、
 商標法第4条1項6号で規定される商標は登録しない、とする一方で、

 商標法第4条2項では、例外として、
 商標法第4条1項6号で規定される団体・事業者が出願した時は、
 商標法第4条1項6号を適用して拒絶しない、

《商標法第4条1項6号と4条2項の立法趣旨》

 産業財産権法逐条解説第20版(平成29年3月、特許庁)は、
 以下のように説明します(適宜改行・省略しています)。

「六号の立法趣旨はここに掲げる標章を一私人に独占させることは、
 本号に掲げるものの権威を尊重することや国際信義の上から
 好ましくないという点にある。
 
 なお、本号は八号と異なり、
 その承諾を得た場合でも登録しないのであるから
 単純な人格権保護の規定ではなく、
 公益保護の規定として理解されるのである。

 本号の例としては、YMCA、JETRO、NHK、結核予防会のダブルクロス、大学を表示する標章、都市の紋章等がある。

 国とは日本国を、地方公共団体とは・・・、これらの機関とは・・・、をいう。

 公益に関する団体であって営利を目的としないものの代表的な例は
 公益社団法人及び公益財団法人の認定等に関する・・・公益法人である。

 公益に関する事業であって営利を目的としないものの例は
 地方公共団体の営む水道事業その他がある。」

 ここで留意すべきは、
 A.商標法第4条1項6号で規定される団体・事業者・標章は、
   権威があり国際信義上重要であるとされている点、
 B.商標法第4条1項6号で規定される団体・事業者
   の承諾を得ても登録しないとされている点、
 C.オリンピック関係の例示は一切されていない点です。

《商標法第4条1項6号に関する商標審査基準》

 商標審査基準第11版(平成27年3月)の解説はわずか3行です。
***************************************************
都道府県、市町村、都営地下鉄、市営地下鉄、市電、都バス、市バス、
水道事業、大学、宗教団体、オリンピック、IOC、JOC、ボーイスカウト、
JETRO等を表示する著名な標章等は、本号の規定に該当するものとする。
***************************************************
 オリンピック、IOC、JOCを事業・団体として例示しています。

 商標審査基準第12版(平成28年3月)になって、解説が3頁に増大し、
 オリンピック関係の例示が増え、
 商標法第4条1項6号に規定される「表示する標章」が拡大解釈されます
 (最新第13版(平成29年3月)も第12版と内容は同じです))。
***************************************************
2.「公益に関する団体であって営利を目的としないもの」について
・・・
 当該団体の設立目的、組織及び公益的な事業の実施状況等を勘案して判断する。
 この場合、国内若しくは海外の団体であるか又は法人格を有する団体であるか否かを問わない。
(例)・・・
 C 国際オリンピック委員会
 D 国際パラリンピック委員会及び日本パラリンピック委員会
・・・
3.「公益に関する事業であって営利を目的としないもの」について
・・・
 当該事業の目的及びその内容並びに事業主体となっている団体の設立目的及び組織等を勘案して判断する。
 この場合、事業が国内又は海外のいずれにおいて行われているかを問わない。
(例)・・・
 B国際オリンピック委員会や日本オリンピック委員会が行う競技大会
  であるオリンピック
 C国際パラリンピック委員会や日本パラリンピック委員会が行う競技大会
  であるパラリンピック
・・・
4.「表示する標章」について
・・・
 「表示する標章」には、国等の正式名称のみならず、略称、俗称、シンボルマークその他需要者に国等を想起させる表示を含む。

(例1) 公益に関する団体であって営利を目的としないものを表示する標章
@国際オリンピック委員会の略称である「IOC」
A日本オリンピック委員会の略称である「JOC」

(例2)公益に関する事業であって営利を目的としないものを表示する標章
@国際オリンピック委員会や日本オリンピック委員会が行う競技大会である
 オリンピックを表示する標章としての
 「オリンピック」及び「OLYMPIC」、その俗称としての「『五輪』の文字」、
 そのシンボルマークとしての「五輪を表した図形(オリンピックシンボル)」
A 国や地方公共団体が実施する事業(施策)の略称
・・・
6.「同一又は類似の商標」について
 本号における類否は、国等の権威、信用の尊重や国等との出所の混同を防いで需要者の利益を保護するという公益保護の観点から、
 これら国等を表示する標章と紛らわしいか否かにより判断する。
***************************************************
 以下に留意して下さい。

a.商標審査基準第12版は、
 商標法第4条1項6号の「表示する標章」に、
 「「国等」を想起させる表示を含む」としていますが、
 商標法第4条1項6号をどう読んでも「表示する標章」に、
 「「国等」を想起させる表示を含む」とは読めません。

 商標審査基準第12版は、このように、商標法第4条1項6号の「表示する標章」を拡大解釈しておりその根拠が不明です。

b.商標審査基準第11版では、
 「オリンピック、IOC、JOC、・・・を表示する著名な標章」と解説しており、
 『オリンピック』『IOC』『JOC』自体を「著名な標章」
 と言っているわけではない点に注意すべきです。

 商標審査基準第12版になってから、
 「オリンピック」「IOC」「JOC」自体を「著名な標章」としています。

 私は、商標法第4条1項6号において、
 IOCは「非営利団体」であっても「公益団体」ではありませんが
 (オリンピック憲章規則15.1.)、IOCを団体に含め、
 IOCが運営するオリンピック競技大会を事業に含め、
 『オリンピック』を「表示する標章」に含め得ると思います。

 しかし、「IOC」「JOC」「五輪」は、
 商標法第4条1項6号の立法趣旨の観点から、
 商標法第4条1項6号で保護すべき「表示する標章」であるとはいえない
 のではないかと思っています(理由は後述します)。

******

 以上のa.及びb.の観点から、私は、商標審査基準第12版の商標法第4条1項6号の審査基準は間違っているのではないかと心配しています。

 なお、商標審査基準第12版「6」では「出所の混同を防いで」とありますが、
 商標法第4条1項6号は「出所混同」を要件にしていません。

 この点は、知財高裁判決(平成28年(行ケ)第10227号)でも、
 商標法第4条1項6号の適用について「出所混同」を要しないとしており、
 商標審査基準第12版は、いらんことを書きすぎているようにも見えます。

****** 

 私は、特許庁の特許・商標等の審査基準は基本的に信頼しています。

 しかし、私が合格した年の論文試験に出た「eAccess事件」のように、
 商標登録出願の分割出願に対する、
 弁理士等の知財関係者が、ん十年間にわたり誰一人疑わなかった、
 特許庁の運用が裁判で否定される事例もときどきありますので、
 商標審査基準を金科玉条の如き不磨の大典と思ってしまうこと
 は戒めるべきと思っています。

 特許庁の優秀な官僚も人の子ですから間違えることもあるということです。

(続く)
posted by Dausuke SHIBA at 16:58| Comment(0) | TrackBack(0) | 五輪
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