2018年08月14日

『五輪』が危ない(7):特許庁による商標法第4条1項6号の根拠なき拡大解釈

 2018年7月5日付の北海道新聞で、
 IOCが『五輪』を商標登録出願しているとが報道され、
 私のコメントも最後の3行に載りました。
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180705-00010000-doshin-spo
https://www.hokkaido-np.co.jp/article/205886

 この件について、記者の方と意見交換をしたのですが、
 記者の方にとって、
 商標法の不登録事由(主に商標法4条1項6号)の読み方が、
 どうにもピンとこないということと、
 何故(JOC又は組織委員会でなく)IOCが出願したのかということ
 が話題になりました。

 弁理士は、弁理士試験の際に、商標法の全条文を頭に詰め込んで、
 特許庁の工業所有権法逐条解説・商標審査基準・受験参考書の説明を
 たっぷりと読み込むので、内容はともかく、
 外形的には馴染んでいるのですが、確かに、これらの素養無しに、
 商標法4条1項6号だけを生れて初めて目の前に出されたときに、、
 ピンとこないのは当然ですね。

 そこで、今回は、商標法の不登録事由を俯瞰して、
 商標審査基準で『オリンピック』の俗称とされる『五輪』が、
 商標制度の中でどう扱われうるかを考察してみました
 (ピンとくるほど噛み砕いていませんが)。

******

 その考察の結果、IOCの俗称『五輪』の出願に対して、
 特許庁は、商標法第4条1項6号を拡大解釈しており、 
 商標法第4条2項を相当に無理筋で適用する可能性がありそう
 (要は、IOCの俗称『五輪』の出願が登録されそう)なことが
 浮かび上がってきました。

 その流れで、何故IOCが出願したかも理解することができました。

******

 弁理士を目指す受験生も、
 皆さんが合格するであろう年に開催される東京オリンピックの商標を巡る
 純粋に法律的な観点からの話ですので、是非考えてみて下さい。

 個人的には、商標審査基準第12版で、
 商標法第4条1項6号の審査基準の内容が、第11版の3行から
 オリンピック関係の商標を中心に3頁にまで増大したのは、
 IOCが俗称『五輪』が商標登録を受けられるようにするための、
 相当に遠大な仕掛けだったりするのではないかと、
 ミステリー小説にもなりそうな内幕を想像してしまいました。

《『五輪』が俗称であるという状況》

 商標制度は、商標に染み付いた世間の信用を保護することを目的とし、
 「世間の信用」という既に形成されている既存秩序を、
 不合理に破壊することはしないという趣旨が背景にあります。

 そこで、
 「世間の信用」の基礎となる世間の『五輪』に対する認識をまとめす。

『五輪』の使用実態

 私の論文やブログで何度も指摘していますが、
 『五輪』は、今から80年前に、
 当時開催が決まっていた(幻の)東京オリンピックについて記事化する際、
 紙面スペースの制約を考慮して、読売新聞の記者が
 『オリンピック』の簡略称呼として『五輪』を使用しだして以来、
 今に至る80年間にわたり、我国で独自に普及し、
 新聞を始めとするメディア、さまざまな組織及び私人によって
 誰にも制約されずに自由に使用されているという既存秩序があります。

国語辞典による説明
〔広辞苑(第2版補訂版)(岩波書店)の説明〕
 『五輪』 「@物質構成の要素である五大を円輪に擬していう語。
        地輪・水輪・火輪・風輪・空輪の総称。
       A五輪塔の略
       B(五輪旗を用いるからいう)オリンピックの俗称。」
 『俗称』 「@俗世間で言いならわしている名称。雅称
       A俗名に同じ」
〔国語大辞典(小学館)の説明〕
 『五輪』 「一(「五」は五大、「輪」はすべての徳を備えるの意)仏語。・・・
       二 オリンピック旗にえがかれた五つの輪。転じて、
       近代オリンピックをさしていう。」
 『俗称』 「@世間で言いならわしている名称。また、
        本名以外に一般に通用している呼び名。通称。
       A出家前の名称。また、生前の名称。俗名」

特許庁による説明

 国語辞典を読むと、
 『五輪』がオリンピックの俗称であるとの説明は、
 『五輪』が使用される既存秩序と乖離していないと思われます。

 従って、特許庁が、第12版(平成28年4月1日)以降の商標審査基準で、
 『五輪』をオリンピックの俗称と説明しているのは、
 特に、広辞苑の説明に準拠しているようですが、
 『五輪』の既存秩序と合致しており、妥当と思われます。

『五輪』に染み付く世間の観念
 読売新聞の記者は『五輪』に、
 国語辞典が説明する東洋哲学的意味を籠めており、
 北海道新聞の記事に対するヤフーニュースに寄せられたコメントも、
 『五輪』の東洋哲学的意味に言及したものが多くありました。

 従って、我国の世間における『五輪』の使用には、
 『オリンピック』の簡略称呼というビジネスライクな感覚だけでなく、
 戦後の日本人を勇気づけた平和の象徴としてのオリンピックと、
 東洋哲学的意味とが融合したある種の抽象的観念が染み付いている
 と言ってよいと思います。
 
《商標法第3条及び第4条の意義》
 商標法第3条及び第4条はどちらも商標の登録要件ですが、
 ここに列挙されたものは登録しないという規定ぶりであるため、
 不登録事由とも言われます。

 工業所有権法逐条解説によれば、
 商標法第3条及び第4条は以下のように趣旨が異なります。

商標法第3条
 商標法第3は、出願人の使用意思と商標の基本的機能の観点から、
 以下の趣旨を包含します。

 出願人の使用意思
  商標制度は、出願人が出願した商標について、
  出願人が自ら使用してきて今後も使用を継続する、又は、
  出願人が過去に使用実績がなくとも将来的に使用意欲がある、
  ことを前提とします(表表法第3条1項柱書)。
 商標の基本的機能
  商標に染み付く「世間の信用」は、
  世間がその商標を見た時に、
  他の商品・役務と識別してもらえる自他商品・役務識別機能、
  商品・役務の出所が一目瞭然である出所表示機能、
  商品・役務の特徴的品質を信じてもらえる品質保証機能
  に基づき染み付くという考え方です。

 商標法第3条は、出願人に使用意思があるという前提の下で、
 商標の基本的機能に欠ける列挙された商標は登録しない
 ことを内容とします。

 商標法第4条
  商標法第3条の要請する使用意思と基本的機能を有していても、
  公益的及び私益保護の観点から、
  特定の商標(商標法第4条1項1〜19号)は登録されません。

  産業財産権法に共通しますが、
  公序良俗に反する商標は登録しないこと(発明、考案、意匠も同様です)
  は商標法第4条1項7号に規定されています。

《商標法第4条1項6号における
            俗称『五輪』の位置づけ》
 商標法第4条1項6号は以下の商標は登録しないとします。
===============================
 国若しくは地方公共団体若しくはこれらの機関、
 公益に関する団体であつて営利を目的としないもの又は
 公益に関する事業であつて営利を目的としないもの
 を表示する標章であつて著名なものと同一又は類似の商標
===============================

 ここで、俗称『五輪』に関係する部分だけに着目して、
 「公益に関する事業であつて営利を目的としないもの」を
 「非営利公益事業」というと、
 商標法第4条1項6号は以下のように読めます。
===============================
 非営利公益事業を表示する標章であつて著名なものと同一又は類似の商標
===============================

 商標審査基準第13版は以下のように説明します。
****************************************************
・・・
「表示する標章」には、国等の正式名称のみならず、
略称、俗称、シンボルマークその他需要者に国等を想起させる表示を含む。
・・・
(例2) 公益に関する事業であって営利を目的としないものを表示する標章
@国際オリンピック委員会や日本オリンピック委員会が行う競技大会である
 オリンピックを表示する標章としての「オリンピック」及び「OLYMPIC」、 
 その俗称としての「『五輪』の文字」、
 そのシンボルマークとしての「五輪を表した図形(オリンピックシンボル)」
****************************************************
 
 商標法第4条1項6号によれば、
 非営利公益事業である特定の「競技大会」を表示する著名商標である
 『オリンピック』及び『OLYMPIC』と同一・類似の商標は登録しない
 と解してよいと思います。

 しかし、商標法第4条1項6号は、非営利公益事業を表示する標章に、
 需要者に当該事業を想起させる標章をも含めるとはしていません

 俗称『五輪』は、
 特定の非営利公益事業『オリンピック』及び『OLYMPIC』の翻訳ではなく、
 我国の需要者が俗称『五輪』から想起する観念も、
 単なる意味のない固有名詞にすぎない『オリンピック』及び『OLYMPIC』
 とは全く異なります。

 商標審査基準第13版ですら、自ら説明するように、
 『五輪』を、『オリンピック』及び『OLYMPIC』の俗称としており、
 非営利公益事業を表示する標章そのものとはしていません。

 さらに、俗称『五輪』は、非営利公益事業を表示する標章である
 『オリンピック』及び『OLYMPIC』に類似するともいえません。

 従って、商標法第4条1項6号を文言通り読めば、
 非営利公益事業を表示する標章そのものではない俗称『五輪』は、
 商標法第4条1項6号の非営利公益事業を表示する標章に該当しません

 してみれば、商標審査基準第13版の、
 非営利公益事業を表示する標章に、
 需要者に当該事業を想起させる標章も含めるとの説明は、
 特許庁による商標法第4条1項6号の根拠なき拡大解釈であり、
 裁判所がこの拡大解釈を認めるか否かは極めて微妙です。
 
《商標法第4条2項における
            俗称『五輪』の位置づけ》
 以上のように、私は、条文を文言通り読む限り、
 俗称『五輪』は商標法第4条1項6号の適用外であると思いますが、
 特許庁は、理由はともあれ、商標法第4条1項6号を適用して、
 俗称『五輪』は登録しないという運用をするつもりです。

 それでは、IOC自身が俗称『五輪』を出願したら登録されるのか
 ということが問題になります。

 この問題は商標法第4条2項と密接に関係します。

 商標法第4条2項は以下のように規定されます。
===============================
 国若しくは地方公共団体若しくはこれらの機関、
 公益に関する団体であつて営利を目的としないもの又は
 公益に関する事業であつて営利を目的としないものを行つている者が
 前項第六号の商標について商標登録出願をするときは、
 同号の規定は、適用しない。
===============================

 これを「非営利公営事業」を使用して言い直すと以下のようになります。
===============================
 非営利公営事業を行つている者が
 前項第六号の商標について商標登録出願をするときは、
 同号の規定は、適用しない。
===============================

 即ち、商標法第4条1項6号で登録しないとされている商標でも、
 非営利公営事業を行つている者が出願したら、
 商標法第3条等の他の要件を満たせば登録される、ということになります。

 俗称『五輪』の場合は、IOCが出願した場合のみ、
 商標法第4条2項が適用されるということです

 これが、俗称『五輪』を、
 (JOC又は組織委員会でなく)IOCが出願した謎の解答です

 特許庁は、商標法第4条1項6号で、
 俗称「五輪」を「非営利公営事業」を表示する標章に含めるとするので、
 IOCが俗称「五輪」を出願すると、他の要件を満たせば、
 登録されることになりますが、この点を検討してみます。

《IOCの出願した俗称『五輪』は登録されるか》

 私は、以下の観点から、
 IOCの出願した俗称『五輪』が登録される、とは
 そう簡単にはいえないと考えています。

商標法第4条2項が適用されない
 俗称『五輪』は、
 商標法第4条1項6号の「非営利公益事業」を表示する標章ではないので、
 商標法第4条2項の「前項第六号の商標」に該当しない。
  
商標法第3条1項柱書に該当しない
 俗称『五輪』はIOCの「自己の・・・使用する商標」に該当しない。

 『五輪』は、過去80年間、IOCが自己の商標として管理しておらず、
 俗称になってしまっており(即ち、IOCに過去の使用実績がない)、
 現時点においても、不正防止競争法等により、
 IOCは『五輪』を自らの事業を示す商標として主張していないことから、
 IOCが将来的に使用する意思があることを客観的に示すことができない。。

 そもそも、IOCにとって俗称『五輪』は、
 IOCが管理するオリンピック資産に入れておらず、
 欧州文化圏のIOCにとって意味不明な記号に過ぎない俗称『五輪』を
 IOCが将来的に使用する意思を有しているとは思えません。

商標法第4条1項7号(公序良俗に違反する商標)
 『五輪』は、既に誰にも制限されずに自由に使用できる俗称となっており、
 既に形成されてる当該秩序に変化はない。

 従って、俗称『五輪』を使用実績のないIOCの独占物とすることは、
 商標法の予定する秩序に反すると言い得る。

 商標法第4条1項7号は、以下のように規定されます。
===============================
  公の秩序又は善良の風俗を害するおそれがある商標
===============================

 商標審査基準第13版の説明を抜粋します。
****************************************************
1.「公の秩序又は善良の風俗を害するおそれがある商標」とは、例えば、
  以下(1)から(5)に該当する場合をいう。
・・・
(2) 商標の構成自体が上記(1)でなくても、
 指定商品又は指定役務について使用することが社会公共の利益に反し、
 社会の一般的道徳観念に反する場合。
・・・
(5) 当該商標の出願の経緯に社会的相当性を欠くものがある等、
 登録を認めることが商標法の予定する秩序に反するものとして
 到底容認し得ない場合。
****************************************************

 過去80年にわたり形成され、今も続く『五輪』の俗称化した経緯に鑑みて、
 (2)及び(5)の観点から、
 IOCに俗称『五輪』を商標として独占させることには検討の余地がある、
 と言ってよいでしょう。
posted by Dausuke SHIBA at 15:31| Comment(0) | TrackBack(0) | 五輪
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