2018年07月21日

『五輪』が危ない(3):特許庁はどう考えるか(T)

《北海道新聞のIOCによる『五輪』出願の記事》

 2018年7月5日付の、
 「YAHOO!JAPANニュース」(以下「ヤフーニュース」)で、
 経済欄のトップニュースに、主要欄でも第5位あたりにランクされたので、
 御覧になった方も多くいらっしゃると思いますが、
 北海道新聞が、IOCによる『五輪』の商標登録出願について報道をし、
 私のコメントも最後の3行に載りました。
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180705-00010000-doshin-spo
https://www.hokkaido-np.co.jp/article/205886

 記事の内容は以下のようにまとめることができます。

@「五輪」の商標登録は2017年12月19日に出願された。

AIOCは日本語や英語表記の「オリンピック」の商標を既に登録している。

BIOCはスポンサー保護のため開催国に対して
 便乗商法への厳しい対応を求めている。

C日本で広く使われている「五輪」も登録することで、
 便乗商法を抑止する狙いがあるとみられる。

D北海道新聞の取材に対し、
 IOCは「・・・組織委員会に問い合わせてほしい」と返答。
 組織委は商標登録出願について「IOCから事前に相談を受けていないが、
 他の団体などに登録されるのを防ぐ意味もあるのでは」と説明した。

E特許庁によると・・・、問題がなければ8月ごろに登録される見通し。

F知的財産に詳しい弁理士の柴大介さん(東京在住、函館生まれ)は
 「五輪は日本で独自に普及した言葉で、誰もが使える公有のものとの見方もある。商標登録にはなじまないのではないか」と指摘する。

《ネットでの反響》

●ヤフーニュースで上位にランクされただけあって、
 450件以上のネットコメントが寄せられており、

 知財関連のトピックについてタイムリーにコメントを出されている
 栗原潔先生(金沢工大客員教授・弁理士)も
 北海道新聞の上記報道を取り上げていらっしゃいます。
https://news.yahoo.co.jp/byline/kuriharakiyoshi/20180712-00089101/

●ネットコメントで面白かったのは、

 遠いスイスに本部のあるIOCが、
 わざわざ我国で商標登録出願したという地味な報道内容について、
 読者は、その抱える問題点について直観的に理解していたこと、

 IOCによる『五輪』の商標登録出願という行為について、
 手放しで素晴らしい! という内容のコメントはほとんど皆無で、
 決して気持ちの良いニュースとして受け取られていないことです。

●栗原先生は、
 北海道新聞の記事のBCと同趣旨の内容のコメントと、
 以下のコメントをされています。
 a.「五輪」が最近まで出願されていなかったのはちょっと意外。
 b.出願人がJOCでなくIOCである理由が不明
  (予算配分の問題と思う)。
 c.商標登録されていない状態で「五輪」が勝手に使われた場合でも
  「オリンピック」の類似範囲として商標権を行使できる可能性は十分ある。
 d.我国ではアンブッシュ・マーケティング防止を
  既存の知財制度で行うという方向性に合わせて、念のために
  「五輪」を登録商標として押さえるということになったのではないか。
 e.「五輪」が商標登録されると「五輪真弓」はどうなる?
  とのネットコメントのネタに対して、商標法26条1項により、
  本人による使用であれば仮に商標的使用であっても問題ない、
  と「マジレス」で回答されています。

《特許庁はどう考えるか(その1)》

 北海道新聞の記事では、
 知的財産に詳しい弁理士としてコメントしましたので、
 北海道新聞の記事とその反響についても、
 何回かに分けてコメントしておきます。

 特許庁は「問題がなければ8月ごろに登録される見通し。」
 と取材に答えていますが、この「問題がなければ」を、
 どう考えるかがとても微妙かと思います。

 ネットコメントでも、そもそも特許庁は登録商標と認めるだろうか、
 との本質に迫る疑問を呈されている方がいらっしゃいました。

******

 実は、特許庁は、既に、『五輪』の登録性について、
 一般論どころではなく、直接的に見解を提示しています。

 出願された商標は、商標法で定められた登録要件について、
 特許庁の審査官が審査をしますが、
 審査官は、特許庁が決めた外部に公表されている
 「商標審査基準」(最新のものが平成29年4月1日適用の改訂第13版
 に沿って審査をします。

 出願商標『五輪』の関係する重要な登録要件は商標法第4条第1項第6号で、以下の内容です。
第4条第1項第6号.jpg
 商標審査基準は、上記条項について、以下のように説明します。

A.「公益に関する団体であつて営利を目的としないもの」として
  IOC、JOC、IPC、JPCを例示しています。

B,「公益に関する事業であつて営利を目的としないもの」として
  IOC、JOCの事業である「オリンピック」と
  IPC、JPCの事業である「パラリンピック」を例示しています。

C.「表示する標章」に、以下を例示しています。
  略称である「IOC」「JOC」、
  「オリンピック」「OLYMPIC」、その俗称としての「『五輪』の文字」
  そのシンボルマークとしての「五輪を表した図形(オリンピックシンボル)」
 
D.上記例示した標章が著名であることは明白です。

******

 即ち、商標審査基準によれば、言い換えると、特許庁は、
 『五輪』の文字は、商標登録を受けることができない、
 と外部に表明しています。

 栗原先生だけでなく、ネットコメントでも、
 「今まで出願されていなかったのは意外」
 という内容の意見が多くありましたが、最近に限っていえば、
 特許庁自身が、『五輪』の文字は商標登録を受けられない
 と取り扱いだしたのが、これまで出願されていなかったことの理由です。

 しかし、『五輪』の文字は商標登録を受けられないという取扱いは、
 平成28年4月1日適用の改訂第12版で初めて登場しており、
 それ以前の商標審査基準にはこの取扱いはありません。

 従って、読売新聞の記者の創作後80年経過する『五輪』の歴史に鑑みて、
 依然として「今まで出願されていなかったのは意外」との疑念は残ります。

《特許庁はどう考えるか(その2)》

 以上から、
 商標法第4条第1項第6号と商標審査基準(改訂第13版)の取扱いを
 そのまま適用すれば、
 IOCの出願商標『五輪』は、商標登録を受けられないことになります。

 しかし、IOCは、
 「オリンピック」(商標登録3275674 )も
 「オリンピックシンボル」(商標登録1026242)も商標登録しており、
 IOCの出願商標『五輪』も、当然に商標登録を受けられそうにも思います。

 しかし、そうスンナリとは考えられない事情があります。

 IOCが「オリンピック」及び「オリンピックシンボル」
 を商標登録できたのは、
 IOCが「オリンピック」及び「オリンピックシンボル」
 を自らの事業を表示する商標として使用し管理してきた、
 これらの商標の正当な商標主であるからです。

 一方、特許庁は『五輪』は「俗称」であるとしています。
 
 広辞苑によれば「俗称」とは「俗世間で言いならわしている名称」であり、
 特許庁も『五輪』を「俗称」とは、
 何とも本当にピッタリなカテゴリーに当て嵌めたと思います。

 即ち、『五輪』は俗世間が使っていた標章で、
 IOC、JOCが使用してきた標章ではないということです。

 さらに、何故『五輪』は「俗称」になったのかといえば、
 IOC、JOCが、俗世間による『五輪』の自由使用を放置して、
 80年間、自らの事業を表示する商標として管理しなかったためです。

 これは、『五輪』がIOCのオリンピック資産リストに掲載されていない
 こととも整合します。

 即ち、IOCは『五輪』の正当な商標主であると到底言うことができず、
 IOC自身も『五輪』の正当な商標主であるとは認識してこなかった、
 ということになります。

 これが「今まで出願されていなかったのは意外」に対する私の回答です。

******

 IOC、JOCは、今まで『五輪』をオリンピック資産にも入れず、
 「出願」もせず、商標管理をしてこなかったということに尽きます。

 上記のことは、米国の会社の商品の商標「エスカレータ」を、
 その米国の会社が自らの商品を表示する商標として管理しなかったため、
 普通名称化してしまい、我が国では、
 その米国の会社が今さら「エスカレータ」を商標登録出願しても
 商標登録されないことと全く同じ構造です。

 以上から、「俗称」とは、
 誰もが使える公有のもの(パブリック・ドメイン)とも言い得るので、
 北海道新聞の記者が簡潔に表現してくれた 
 「五輪は日本で独自に普及した言葉で、誰もが使える公有のものとの見方もある。商標登録にはなじまないのではないか」
 という私のコメントに帰着することになります。

 果たして、特許庁はどう考えるでしょうか。

******

 私が購読している東京新聞を読んでいて気になっているのですが、
 記事中に「東京オリンピック」なる言葉が、最近ほとんどでてこなくなり、
 「東京五輪」で統一しているように感じます。

 他の新聞でもそうであれば、
 「オリンピック」を、俗世間が『五輪』と言いならわしている状況は、
 今も依然として続いているということになりますね。
posted by Dausuke SHIBA at 16:50| Comment(0) | TrackBack(0) | 五輪
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。
この記事へのトラックバックURL
http://blog.sakura.ne.jp/tb/183959233
※ブログオーナーが承認したトラックバックのみ表示されます。

この記事へのトラックバック