2019年08月18日

オリンピック関連登録商標の異議申立と違法ライセンス疑惑の狭間で(10):どう考えてもおかしい商標審査基準〔改訂12版〕(その1)

 暑苦しい夏を『趣味:知財、特技:知財』で乗り切ろうとしましたが、
 結局、毎晩のビールで乗り切っています。

 前回は、私が行った『五輪』商標登録に対する
 異議申立の最初の異議理由1を説明しました。

 そこでは、『五輪』は、以下の二つの審査基準:
 @2016年4月1日以前に運用された審査基準を「旧審査基準」
 A2016年4月1日から実施された審査基準を「改訂審査基準」
 に基づき登録され得ることを説明しました。

 異議理由1では、特許庁が、
 改訂審査基準の下で審査したことを前提に論を組み立てると、
 IOCに『五輪』を登録させるために改訂したとしか思えない
 ことになるのですが、しかし、
 この改訂審査基準を法的に正確に適用すると、逆に、
 IOCは『五輪』の登録を受けることが出来ない、
 という意外な結果になることを導きました。

 この結果は、改訂審査基準は、
 不登録事由を定める商標法4条1項6号にしか適用されず、
 その例外規定(登録事由)を定める商標法4条2項には適用されない、
 と考えるべきだということから導かれます。

 商標4条1項6号に関する改訂審査基準により、
 商標4条1項6号により登録を受けられない商標の範囲が拡大したのに、
 商標法4条2項が改訂審査基準の適用外であるため、
 商標法4条2項により救済される商標の範囲は元のままなので、
 新たに拡大された範囲にわざわざ入れた商標『五輪』が、
 IOCが出願しても商標法4条2項で救済されず、登録を受けられない
 ということになってしまったわけです。

****** 

 異議申立1では、
 改訂審査基準をそのまま受け入れて議論しましたが、
 改訂審査基準は、それ自体、相当に問題がある
 としか思えない内容ですので、今回は、
 改訂審査基準のこの問題をほじくる作業をします。

 これだけ問題のある改訂審査基準の下で審査され登録された
 商標『五輪』は公序良俗に反する、という異議理由2に繋がる話です。

******

 改訂審査基準は「商標審査基準〔第12版〕」として、
 特許庁のHPにも掲載されていますのでご一読下さい。
https://www.jpo.go.jp/system/laws/rule/guideline/trademark/kijun-kaitei/document/11th_kaitei_h28/12han.pdf

 改訂審査基準による、
 このブログで話題にする商標法4条1項6号の改訂事項は、、
 言われてみなければ、
 どこに書いてあるかわからないほどのわずかな頁数で、
 改訂12版が公表された当時、私も含めてほとんどの弁理士が、
 商標法4条1項6号にこのようなおかしな改訂がなされていたとは、
 全く気が付かなかったほどに、ヒッソリとした改訂作業でありました。

■商標法4条1項6号と改訂審査基準

 商標法4条1項6号は、簡易に表現すれば以下を内容とします。
[商標法4条1項6号]
次に掲げる商標については、・・・商標登録を受けることができない。
 @国若しくは地方公共団体若しくはこれらの機関、
 A公益に関する団体であつて営利を目的としないもの又は
 B公益に関する事業であつて営利を目的としないもの
 を表示する標章であつて著名なものと同一又は類似の商標

[商標法4条1項6号に対する改訂審査基準]
 オリンピック関連商標に関係する部分を切り出してみます。
2.「公益に関する団体であつて営利を目的としないもの」について
   「公益に関する団体であつて営利を目的としないもの」であるか否かについては、
   当該団体の設立目的、組織及び公益的な事業の実施状況等を勘案して判断する。
   この場合、
   国内若しくは海外の団体であるか又は
   法人格を有する団体であるか否かを問わない。
   (例)
   @ 公益社団法人及び公益財団法人の認定等に関する法律による認定を受けた
     公益社団法人又は公益財団法人 (例:日本オリンピック委員会)
   C 国際オリンピック委員会
   D 国際パラリンピック委員会及び日本パラリンピック委員会
 3.「公益に関する事業であつて営利を目的としないもの」について
   「公益に関する事業であつて営利を目的としないもの」であるか否かについては、
   当該事業の目的及びその内容並びに
   事業主体となっている団体の設立目的及び組織等を勘案して判断する。
   この場合、事業が国内又は海外のいずれにおいて行われているかを問わない。
   (例)
   B 国際オリンピック委員会や日本オリンピック委員会が行う競技大会
     であるオリンピック
   C 国際パラリンピック委員会や日本パラリンピック委員会が行う競技大会
     であるパラリンピック
 4.「表示する標章」について
   「国若しくは地方公共団体若しくはこれらの機関、
   公益に関する団体であつて営利を目的としないもの又は
   公益に関する事業であつて営利を目的としないもの」(以下「国等」という。)
   を「表示する標章」には、国等の正式名称のみならず、
   略称、俗称、シンボルマークその他需要者に国等を想起させる表示を含む

   (例1) 公益に関する団体であって営利を目的としないものを表示する標章
   @ 国際オリンピック委員会の略称である「IOC」
   A 日本オリンピック委員会の略称である「JOC」
   (例2) 公益に関する事業であって営利を目的としないものを表示する標章
   @ 国際オリンピック委員会や日本オリンピック委員会が行う競技大会
     であるオリンピックを表示する標章としての「オリンピック」及び「OLYMPIC」、
     その俗称としての「『五輪』の文字」、
     そのシンボルマークとしての「五輪を表した図形(オリンピックシンボル)」
 6.「同一又は類似の商標」について
   本号における類否は、国等の権威、
   信用の尊重や国等との出所の混同を防いで需要者の利益を保護する
   という公益保護の観点から、
   これら国等を表示する標章と紛らわしいか否かにより判断する。


■問題点1
 「想起させる表示」は商標法4条1項6号の
 不登録商標の範囲を不明確にする

A.改訂審査基準による拡大解釈
 改訂審査基準は、、
 商標法4条1項6号で登録させない範囲を以下のように拡大解釈しました。
 (a) 非営利公益事業を表示する著名な標章と同一の商標
 (b) 非営利公益事業を表示する著名な標章と類似の商標
 (c) 非営利公益事業を表示する著名な標章を想起させる標章と同一の商標
 (d) 非営利公益事業を表示する著名な標章を想起させる標章と類似の商標
 
 (a)(b)は、条文通りの元々の範囲で、
 (c)(d)は、拡大解釈して広げた範囲です。

 改訂審査基準は、
 オリンピック関連商標については、以下を例示します。
 ・非営利公益事業を表示する著名な標章として
  IOCが行うスポーツ興行「オリンピック」の表示標章『オリンピック』
 ・IOCが行うスポーツ興行「オリンピック」の表示標章『オリンピック』
  を想起させる表示標章『五輪』

 さらに、『五輪』は『オリンピック』の俗称であるとしています。

B.商標の登録に関する商標法の建付け
 商標法は、どのような商標を登録させるかについての一般原則を
 商標法3条1項に規定しており、講学上、
 自他商品等識別力のある商標は、原則登録する、
 ということになっています。

 即ち、需要者からみて、その商標をみたときに、
 何人かの業務に係る商品又はサービスであることが認識できれば、
 そのような商標は登録する、ということです。

 これは当たり前の話で、例えば、需要者は、
 つぶらな目をした月のマークを付けて包装された石鹸をみれば、
 それはライオンの石鹸ではなく、花王の石鹸である
 ことがわかります。

 つまり、その商品なりサービスを示すマークがあれば、
 どのような会社が提供したのかが消費者にわかる
 ようなマークを商標として特許庁に出願すれば、
 特許庁はその商標を、原則登録します。

 しかし、例えば、
 ・日本国が提供したものと勘違いされかねない
  日本国の日の丸のマークを付けた商品やサービス、
 ・猥褻なマークを付けた商品やサービス、
 ・承諾なしに有名人の肖像を付した商品やサービス、
 などは、商標法3条1項の規定により登録される筈であっても、
 登録を認めることはかえって公益・尊厳を損なうとして、
 登録を認めていません。

 商標法は、そのような商標法3条1項の一般原則の例外として、
 登録を認めない商標を商標法4条1項各号に個別に規定します。

 従って、商標法4条1項各号は、
 登録を認めない商標の範囲がむやみに恣意的に広がらないように、
 明確に規定されています。

 この前提をまず抑えて下さい。

C.「想起させる表示」は極めて不明確
(C-1)同一
 商標法4条1項6号の本来の不登録商標の範囲である(a)(b)のうち、
 (a)は非常に明確で、
 非営利公益事業を表示する著名な標章は明確な筈ですから、
 そのような標章と同一の商標は明確で間違えようがありません。

 オリンピック関連商標では、
 IOCが行うスポーツ興行「オリンピック」の表示標章『オリンピック』
 について、『オリンピック』と同一の範囲は『オリンピック』で
 間違えようがありません。
(C-2)類似
 商標法4条1項6号の本来の不登録商標の範囲である(a)(b)のうち、
 (b)は若干不明確です。即ち、
 非営利公益事業を表示する著名な標章と類似の商標は、
 「類似」が感覚的ですから本来は明確とはいえません。

 しかし、「類似」は商標法で使用される法定用語で、
 商標法に明確な定義規定はありませんが、
 裁判・実務の長年の蓄積の中だ、その判断方法が確立され、
 専門家の間では一応その範囲を確定する判断方法として
 オーソライズされています。
(C-3)想起
 改訂審査基準で突然使用された「想起」という用語は、
 法定用語ではなく、商標法のどこをみてもでてきませんし、
 裁判・実務の長年の蓄積の中で、当然にことながら、
 その判断方法など全く確立されていません。
 
 私はこの「想起させる」をみたときに、
 どこかで見て聞いたような言い回しだな、と思って考えたのですが、
 直ぐに思い至りました。

 「想起させる」とは、
 組織委員会がアンブッシュ・マーケティング対策の説明資料として、
 HPに掲載する「大会ブランド保護基準」12〜13頁の説明文の中で、
https://tokyo2020.org/jp/copyright/data/brand-protection-JP.pdf
 「オリンピックを想起させる用語の使用
 「オリンピックシンボルを想起させるグラフィック
 「「オリンピック」、「パラリンピック」の名称およびそれらを
  想起させるような表現を、
  オリンピック・パラリンピックのイメージを流用する態様で
  使用することはできません。

 などと使われているのです。

 おいおいおい、
 組織委員会のような違法ライセンスを平気で行うような
 公序良俗に反すると言われても仕方のない団体が
 適当に使用する用語で商標法を解釈してはいかんだろう、
 ということです。

 「想起させる」とは、主観的表現で、客観的に評価しようがなく、
 法定用語でもないので、誰も真剣にその評価などする筈がありません。

 従って、このような用語を使用して法律を解釈してしまえば、
 (c) 非営利公益事業を表示する著名な標章を想起する標章と同一の商標
 ですら、商標の範囲が極めて不明確になり、
 (d) 非営利公益事業を表示する著名な標章を想起する標章と類似の商標
 に至っては、「想起させる」ものに「類似」する範囲など、
 誰もきちんと決められなくなる、ということです。

 ******

 以上から、
 本来明確な法定の範囲(a)(b)を
 誰も決めることが出来ない範囲(c)(d)まで拡大解釈してしまえば、
 商標法4条1項6号の不登録商標の範囲がボケボケになってしまい、
 商標法4条1項6号の規定が不明確極まりないものになってしまいます。

 このような行政官庁による法律の拡大解釈は、
 「解釈改憲」と言われるように、
 商標法を解釈で改正する「解釈法改正」に等しく、
 極めて問題が大きいと言わざるを得ません。

■問題点2
 改訂審査基準は内部矛盾があり
 五輪審決に整合しない

 改訂審査基準での解釈で面白いのは、
 『五輪』は『オリンピック』の俗称であるとしており、
 IOCが使用してきた商標であるとはしていない点です。

 五輪審決でも『五輪』は
 「「オリンピック」の俗称として広く一般世人に親しまれ」
 と説明しています。
五輪審決.pdf

 即ち、改訂審査基準でも五輪審決でも、
 『五輪』は、必ず『オリンピック』と紐づけて認識され、
 『五輪』だけに着目すると、それは俗称であるという説明以外に、
 何も説明されていないということになります。

 そして、改訂審査基準では、
 ●IOCが行うスポーツ興行「オリンピック」の表示標章『オリンピック』
  を想起させる表示標章『五輪』は表示標章『オリンピック』に含める
 と解釈しているのですが、五輪審決では、
 ●IOCが行うスポーツ興行「オリンピック」の表示標章『オリンピック』
  と類似の商標である

 と認定しています。

 ******

 それと、改訂審査基準の
 「表示標章『五輪』は表示標章『オリンピック』に含める」
 という言い方おかしいでしょ。

 日本語としてどう理解すればよいのか、ということです。

 これ、『五輪』は『オリンピック』と同じと考える、
 と言っているようなものとも言えますから、そうなると、
 (a) 非営利公益事業を表示する著名な標章と同一の商標
 に当て嵌めると、
 「『五輪』は『オリンピック』と同一の範囲の商標」
 ということになってしまします。

 そうであれば、『五輪』は、改訂審査基準では、
 ●『五輪』は『オリンピック』を想起させる標章
 ●『五輪』は『オリンピック』と同一の範囲の商標
 であり、五輪審決によれば、
 ●『五輪』は『オリンピック』と類似の範囲の商標
 ということなってしまいます。

 いったい、『五輪』は『オリンピック』に対して、
 ●同一の範囲●想起させる範囲●類似の範囲
 のどれなんだ? ということになります。

 改訂審査基準でも、五輪審決でも、
 『五輪』は『オリンピック』の俗称どしていますから、
 『五輪』≠『オリンピック』(同一でない)となりますが、
 改訂審査基準内で、
 『五輪』=『オリンピック』(同一の範囲)
 『五輪』≠『オリンピック』(想起させる範囲)
 とすることは自己矛盾しますし、
 五輪審決での『五輪』≑『オリンピック』(類似→同一でない)
 なる認定と整合しません。

 以上から、
 「想起させる」という用語を使用して拡大解釈する
 改訂審査基準が、
 いかに法律解釈として不当であるかがわかりますし、
 このようなデタラメな解釈法改正は違法であるともいえます。

 次回は、この改訂審査基準が、
 有識者会議でどのように扱われて成立したか
 について説明します。
posted by Dausuke SHIBA at 15:18| Comment(0) | TrackBack(0) | 五輪

2019年08月12日

オリンピック関連登録商標の異議申立と違法ライセンス疑惑の狭間で(9):『五輪』異議申立の理由1について

 暑苦しい夏を『趣味:知財、特技:知財』で乗り切ろうとしていますが、
 結局、ソーメン頼みの日々を送っております。

 今回は、私が行った『五輪』商標登録に対する異議申立の
 最初の異議理由1を説明します。

 『五輪』は、以下の二つの審査基準:
 @2016年4月1日以前に運用された旧審査基準
 A2016年4月1日から実施された改訂審査基準
 に基づき登録され得ることを説明しました。
http://patent-japan-article.sblo.jp/article/186339486.html
http://patent-japan-article.sblo.jp/article/186400151.html

 『五輪』については、
 もともと「旧審査基準」に基づいて登録できるところ、
 さらに 屋上屋を架すがごとく改訂審査基準を制定することは、
 それ自体何か他に意味があるのではと邪推してしまうのですが、
 今更、改訂前の旧審査基準に基づき審査もできないということで、
 特許庁は『五輪』を改訂審査基準の下で審査した、
 と考えて構わないと思います。

■復習
(1)商標法4条1項6号(不登録事由)
  「次に掲げる商標については、・・・商標登録を受けることができない。
   @国若しくは地方公共団体若しくはこれらの機関、
   A公益に関する団体であつて営利を目的としないもの又は
   B公益に関する事業であつて営利を目的としないもの
   を表示する標章であつて著名なものと同一又は類似の商標

   (丸囲み数字は私が付しました)

   改訂審査基準では、
   IOCが行うスポーツ興行「オリンピック」は、
   Bの「公益に関する事業であつて営利を目的としないもの」
   (以下「非営利公益事業」と言います)に該当すると解釈されます。

   標章『オリンピック』が、
   IOCのスポーツ興行「オリンピック」を表示する著名な標章である
   ことは自明です。

   改訂審査基準では、さらに、「オリンピック」を表示する標章には、
   正式標章である『オリンピック』に加えて、
   『オリンピック』を想起させる俗称『五輪』も含める、
   と解釈します。

   以上から、『五輪』は、商標法4条1項6号のBの商標に該当し、
   本来(例えIOCが出願したとしても)、
   商標法4条1項6号に基づき商標登録を受けることができません。

(2)商標法4条2項(不登録事由の例外事由)
  「@国若しくは地方公共団体若しくはこれらの機関、
   A公益に関する団体であつて営利を目的としないもの又は
   B公益に関する事業であつて営利を目的としないものを行つている者
   が前項第六号の商標について商標登録出願をするときは、
   同号の規定は、適用しない。
」(丸囲み数字は私が付しました)

   関係のあるBについて噛み砕いていえば、
   非営利公益事業者が商標法4条1項6号の商標を出願した場合は、
   当該商標に商標法4条1項6号を適用しない
、ということです。

   従って、商標法4条2項によれば、
   非営利公益事業者たるIOCが『五輪』を出願したら、
   商標法4条1項6号を適用しないで救済する、
   ということになります。

   『五輪』出願当初、JOCが出願するならわかるが、
   何故IOCが出願したのだろうと訝しがる向きが結構ありましたが、
   上記のような理屈で、
   『五輪』はIOCによって出願されて登録された訳です。

■前提事項
 ここで、異議理由1を考える上で重要な前提事項を抑えておきます。

(1)審査基準とは何か
   商標法は、特許庁に、
   出願商標が商標法4条1項6号に該当する場合は
   拒絶しなければならない、と規定しています。

   しかし、商標法4条1項6号には、
   Aの「非営利公益団体」やBの「非営利公益事業」の定義がなく、
   これらを「表示する標章」についての説明もありません。

   そこで、法律に従って審査しなければならない特許庁は、
   特許庁として、
   「非営利公益団体」「非営利公益事業」「表示する標章」
   を具体的にどのように解釈して審査を行うかを、
   審査基準として公表して、
   審査の円滑な運用と公平性を確保するわけです。

   従って、審査基準とは法律ではなく、何の拘束力も有しない
   特許庁の内規に過ぎません。
   (民間企業の社則のような法的効果は一切ありません)。

   ですから、出願人が審査基準が不当だと考えれば、
   審査でその旨主張できますし、特許庁が納得しなければ、
   裁判で特許庁の解釈の当否として争うこともできます。

(2)商標法4条2項は審査基準の対象でない
   私が『五輪』出願当初に連載したブログ記事を書いたときに、
   初めて知って驚いたのですが、
   商標法4条2項は、審査基準に掲載されておらず、
   従って、審査基準の対象となっていないのです。

■異議理由1
 私が行った異議申立の異議理由1は、
 登録商標『五輪』は、
 商標法4条1項6号に該当するので登録を受けられず
 取消されるべきだ、という内容です。

 言い換えると、
 登録商標『五輪』は商標法4条2項が適用されず、
 商標法4条1項6号に該当する状態を救済できないということです。

 理由は以下の通りです。

(1)商標法4条2項は審査基準の対象ではないので、
   商標法4条2項は条文通りに解釈するべきです。

   従って、商標4条2項が引用する「前項第六号の商標」
   (商標法4条1項6号の商標)も条文通りに解釈されるべきです。

   商標法4条2項では、
   商標法4条1項6号の「表示する標章」とは、
   IOCが行うスポーツ興行「オリンピック」においては、   
   本来の正式標章である『オリンピック』であって、
   特許庁が不登録事由の対象として解釈して含めたに過ぎない、
   『オリンピック』を想起させる俗称『五輪』を含めるべきではない
   ということです。

(2)前回、改訂審査基準に従った『五輪』登録の理屈には
   トリックがあると指摘したのはこの点です。

   商標法は、公益的観点から、公益著名商標については、
   何人にも登録させないという不登録事由を、
   商標法4条1項6号として規定しました。

   商標法は、さらに、これも公益的観点から、
   公益著名商標については、
   それを表示する非営利公益事業者が出願する場合に限り、
   商標法4条1項6号を適用しないという、
   不登録事由の例外事由を商標法4条2項として規定しました。

   商標法4条1項6号と商標法4条2項とは、独立に立法されていて、
   商標法4条1項6号での不登録事由の対象となる商標と、
   商標法4条2項で不登録対象の商標のどの商標を救済するかは、
   一致している必要はありません。

   また、商標法4条1項6号で不登録事由の対象となる商標は、
   特許庁の解釈によって「想起させる俗称」まで拡大されたにすぎず、
   法上はあくまで本来の正式標章である『オリンピック』です。

   従って、
   商標法4条1項6号での不登録事由の範囲を解釈で拡大すれば、
   商標法4条2項の救済の範囲も自動的に拡大するという、
   何の根拠もないことを、暗黙裡に行っているところが、
   極めて巧妙なトリックである所以ということになります。

******

 というわけで、改訂審査基準は、どうみても露骨なまでに、
 『五輪』をIOCに登録させるために整備された
 としか見えないのですが、逆にIOCの馘を締めてしまった
 ということになるのではないでしょうか。

 特許庁の名誉のために一言申し上げますが、
 私も特許庁による資格試験に合格して弁理士になり、
 特許庁の審査官とは出願等の手続を常時させていただいており、
 特許庁の官僚の実力は重々承知しており、
 はっきり申し上げて、改訂審査基準のようなおかしな改訂を
 優秀な特許庁の官僚が積極的に行ったとは思っていません。

 改訂審査基準の経緯をみると、改訂内容は、
 有識者会議での議論の前に作成されており、
 有識者もほとんど実のある審議をしないまま通過し、
 このような改訂経緯の下で決まった内容で審査しなければならない
 現場の審査官はさぞや不本意であろうと思わざるをえません。

 このあたりは、異議理由2の説明で突っ込んでいこうと思っています。
posted by Dausuke SHIBA at 10:06| Comment(0) | TrackBack(0) | 五輪

2019年08月11日

オリンピック関連登録商標の異議申立と違法ライセンス疑惑の狭間で(8):『五輪』は何故商標登録されたのか(その2)

 暑苦しい夏を『趣味:知財、特技:知財』で乗り切ろうとしていますが、
 頭から火を噴いて倒れそうです。

■おさらい
 私が行った『五輪』商標登録に対する異議申立の最初の異議理由1を
 説明する前に、そもそも、
 特許庁は何を考えて『五輪』を商標登録したのかを整理しています。

 特許庁が何を考えて『五輪』を商標登録したのかは、
 書類上記録されていないので、外野が考えるしかありません。

 ここでは、以下の二つの審査基準:
 @2016年4月1日以前に運用された審査基準(旧審査基準)
 A2016年4月1日から実施された審査基準(改訂審査基準)
 に基づいて考えています。

 前回は、@の旧審査基準に基づいて考えると、
 『五輪』は、特許庁の五輪審決によって、
 IOCが主催するスポーツ興行の著名な表示標章『オリンピック』
 に類似する商標であると認定されたことから、本来は、
 商標法4条1項6号に基づき拒絶されるところ、
 商標法4条2項によって、IOCが出願する場合は救済されて
 商標登録された、という結論になることを導きました。

 私は、この理屈と結論は一応筋が通っていると思っています。

 今回は、Aの改訂審査基準に基づいて考えてみます。

■改訂旧審査基準の下で考えてみる
 商標法4条1項1〜19号は出願商標の拒絶理由を列挙したものですが、
 『五輪』は原則、
 この中の商標法4条1項6号に該当して商標登録されません。

 商標法4条1項6号は、簡易に表現すれば以下を内容とします。
[商標法4条1項6号]
 次に掲げる商標については、・・・商標登録を受けることができない。
 @国若しくは地方公共団体若しくはこれらの機関、
 A公益に関する団体であつて営利を目的としないもの又は
 B公益に関する事業であつて営利を目的としないもの
 を表示する標章であつて著名なものと同一又は類似の商標

 旧審査基準は、以下のように、極めてあっさりとした3行説明でした。
1.都道府県、市町村、都営地下鉄、市営地下鉄、市電、都バス、
   市バス、水道事業、大学、宗教団体、
   オリンピック、IOC、JOC、ボーイスカウト、JETRO等を
   表示する著名な標章等は、本号の規定に該当するものとする。


 改訂審査基準では、何とこの3行説明が2頁にわたる詳細説明になりました。
1.「国、地方公共団体若しくはこれらの機関」について
   (1) 「国」とは日本国をいう。
   (2) 「地方公共団体」とは、
     地方自治法1条の3にいう普通地方公共団体(都道府県及び市町村)及び
     特別地方公共団体(特別区、地方公共団体の組合及び財産区)をいう。
   (3) 「これらの機関」とは、国については立法、司法、行政の各機関をいい、
     地方公共団体については、これらに相当する機関(司法を除く。)をいう。

 2.「公益に関する団体であつて営利を目的としないもの」について
   「公益に関する団体であつて営利を目的としないもの」であるか否かについては、
   当該団体の設立目的、組織及び公益的な事業の実施状況等を勘案して判断する。
   この場合、
   国内若しくは海外の団体であるか又は
   法人格を有する団体であるか否かを問わない。
   (例)
   @ 公益社団法人及び公益財団法人の認定等に関する法律による認定を受けた
     公益社団法人又は公益財団法人 (例:日本オリンピック委員会)
   A 特別法に基づき設立された社会福祉法人、学校法人、医療法人、宗教法人、
     特定非営利活動法人、独立行政法人(例:日本貿易振興機構)など
   B 政党
   C 国際オリンピック委員会
   D 国際パラリンピック委員会及び日本パラリンピック委員会
   E キリスト教青年会

 3.「公益に関する事業であつて営利を目的としないもの」について
   「公益に関する事業であつて営利を目的としないもの」であるか否かについては、
   当該事業の目的及びその内容並びに
   事業主体となっている団体の設立目的及び組織等を勘案して判断する。
   この場合、事業が国内又は海外のいずれにおいて行われているかを問わない。
   (例)
   @ 地方公共団体や地方公営企業等が行う水道事業、交通事業、ガス事業
   A 国や地方公共団体が実施する事業(施策)
   B 国際オリンピック委員会や日本オリンピック委員会が行う競技大会
     であるオリンピック
   C 国際パラリンピック委員会や日本パラリンピック委員会が行う競技大会
     であるパラリンピック

 4.「表示する標章」について
   「国若しくは地方公共団体若しくはこれらの機関、
   公益に関する団体であつて営利を目的としないもの又は
   公益に関する事業であつて営利を目的としないもの」(以下「国等」という。)
   を「表示する標章」には、国等の正式名称のみならず、
   略称、俗称、シンボルマークその他
需要者に国等を想起させる表示を含む

   (例1) 公益に関する団体であって営利を目的としないものを表示する標章
   @ 国際オリンピック委員会の略称である「IOC」
   A 日本オリンピック委員会の略称である「JOC」

   (例2) 公益に関する事業であって営利を目的としないものを表示する標章
   @ 国際オリンピック委員会や日本オリンピック委員会が行う競技大会
     であるオリンピックを表示する標章としての「オリンピック」及び「OLYMPIC」、
     その俗称としての「『五輪』の文字」、
     そのシンボルマークとしての「五輪を表した図形(オリンピックシンボル)」

    A 国や地方公共団体が実施する事業(施策)の略称

 5.「著名なもの」について
   (1) 「著名」の程度については、
     国等の権威、信用の尊重や国等との出所の混同を防いで
     需要者の利益を保護するという公益保護の趣旨に鑑み、
     必ずしも全国的な需要者の間に認識されていることを要しない。
   (2) 「著名なもの」に該当するか否かについては、
     使用に関する事実、例えば、次の@からCまでの事実を総合勘案して判断する。
     この場合、標章によっては、
     短期間で著名となる蓋然性が高いと認められる場合があることに留意する。
   @ 実際に使用されている標章
   A 標章の使用開始時期、使用期間、使用地域
   B 標章の広告又は告知の方法、回数及び内容
   C 一般紙、業界紙、雑誌又は他者のウェブサイト等における
     紹介記事の掲載回数及び内容

 6.「同一又は類似の商標」について
   本号における類否は、国等の権威、
   信用の尊重や国等との出所の混同を防いで需要者の利益を保護する
   という公益保護の観点から、
   これら国等を表示する標章と紛らわしいか否かにより判断する。


 青字がオリンピック関連の説明なのですが、
 やけに丁寧に取り扱っているように見えますし、
 何故か特別具体的に『五輪』が例示されていることがわかります。

 この改訂審査基準は、
 オリンピック関連商標の登録をし易くするために、
 審査官が余計なことを考える必要がないように、
 詳細な審査マニュアルとして整えられたといった方がよいでしょう。

 お陰様で、この改訂審査基準に従えば、
 私も頭をほとんど使う必要なく、
 特許庁が何故『五輪』を登録したかがわかるようになっています。
 ******
 改訂審査基準では、以下を決め打ちで説明してしまいます。
 ●「オリンピック」はIOCが行う非営利公益事業である
  (改訂審査基準「3B」)。
 ●「非営利公益事業を表示する標章」は、
  「オリンピック」を表示する『オリンピック』及び
  「オリンピック」を想起する『五輪』を含む
  (改訂審査基準「4本文/(例2)@」)。

 ここまで親切に誘導してくれれば、
 IOCが行う非営利公益事業「オリンピック」を表示する
 著名な標章『オリンピック』を想起する著名な標章『五輪』は、
 拒絶理由条項である商標法4条1項6号によって商標登録されませんが、
 その救済条項である商標法4条2項によって、
 非営利公益事業者たるIOCが『五輪』を出願した場合は、
 商標法4条1項6号を適用されないので、他に拒絶理由がなければ、
 『五輪』は登録されるということになります。

■話はそう単純ではない 

 このように、改訂審査基準に誘導されると、
 『五輪』がIOCに商標登録されることについて、
 何の違和感もないような気分になるのですが、
 しかし、この改訂商標審査基準は、よくよく考えると
 非常に怪しげであり、
 突っ込みどころが山のようにあることがわかります。

 次回は、突っ込みどころには直接触れないで、
 改訂審査基準に素直に従うと、実は、
 『五輪』は登録できないことを導いてみます。

 つまり、上記した改訂審査基準に従って『五輪』が登録される
 というロジックには、巧妙なトリックがあって、
 さらっと読んだだけでは気付かないまま、
 そのトリックに引っかかってしまうのです。

 その点を論じたのが、
 私の行った『五輪』異議申立の異議理由1ということになります。

 次回その内容を説明します。
posted by Dausuke SHIBA at 15:58| Comment(0) | TrackBack(0) | 五輪